■政府の機能は資源配分、所得再配分、経済安定化

市場経済は、「誰が何を作って誰が何を使うのか」を市場メカニズム(神の見えざる手)が決める、というのが基本です。しかし、アダムスミスでさえも、本当に政府が何もしなくて良いと考えていたわけではありません。彼に続く経済学者も、誰1人としてそう考えている人はいません。「最低限、泥棒を捕まえる警察官だけは必要だ」という事で「夜警国家」を主張していた人はいましたが。

 

政府は、現在では様々な仕事をしています。何をしているのかを以下で御紹介しますが、どの程度まで政府が関与しているのかは、国により大きく異なります。たとえば貧富の格差の是正については、途上国などでは貧富の格差が非常に大きい国も多いですし、米国などでも貧富の格差が大きすぎると言う人が増えていますが、必ずしもそれを是正しようという動きにはなっていません。

 

政府の役割は、「資源配分」「所得再配分」「経済安定化」だと言われています。「資源配分」は「公共サービスの提供」「外部不経済等の是正」に分けて語られる場合が多いようですので、本稿でもそうしましょう。

 

■政府の最も基本的な役割は、公共サービスの提供

上記のように、神様は警察は作ってくれません。金持ちが屋敷にガードマンを雇う事はあっても、庶民の生活は危険なままです。そこで人々が相談し、金を出し合って警察官を雇うことにしますが、うまく行かないのです。

 

たとえば筆者が「自分は金を出さない」と言い張ったとします。筆者以外の全員が資金を出し合って警察官を雇って泥棒を捕まえたとします。すると、筆者の生活も安全になってしまうのです。そうなると、筆者の真似をして「自分は金を出さない」という人が増え、結局警察官を雇う資金が集まらないのです。

 

そこで、政府が強制的に筆者を含めた全員から「税金」を徴収し、それで警察官を雇う必要があるのです。自衛隊も、必要でしょう。かつては「自衛隊を廃止して非武装中立を」という人も多かったのですが、最近は少ないですから、本稿でも必要だという事にしておきましょう。

 

小学校は必要でしょうね。貧しい家の子が小学校教育を受けないと、「立入禁止」の立て札が読めなくて困ります。その子も将来参政権を持つので、全く何もわからずに変な候補者に投票されても困ります。そもそも後述の貧富の格差の意味でも、その子が将来まともな職業に就けないと可愛そうです。でも、大学まで必要なのか否かは、様々な意見があるでしょう。

 

ごみ収集も必要でしょう。貧しい人がゴミ収集事業者に代金を払う事ができずにゴミを放置していたら、当人のみならず、周辺住民が迷惑を被りますから。健康保険も必要でしょうね。貧しい人が疫病に罹患しても医者に行かなかったら、疫病が蔓延して周囲の皆も困りますから。その意味では、インフルエンザの予防接種は無料にすべきだと筆者は考えていますが・・・。

 

日常生活に使う道路も必要ですね。金持ちが土地を購入して道路を作り、高い通行料を徴求したのでは貧しい人が困りますから。もっとも、高速道路は生活に是非とも必要というわけでもないので、通行料を払った人だけが通れる、という事でも構わないでしょう。

 

■外部不経済の取り締まり等も重要

公害企業の取り締まりも、政府の役割です。公害のように周囲に迷惑を撒き散らしている企業は、周囲の迷惑を考えずに操業するか否かを決めているので、結果として国民経済にとってマイナスの影響を与えているかも知れないからです。

 

たとえば毎年50万円の利益を稼いでいる公害企業の周囲が「毎年100万円の迷惑料を払え」と言っているとします。その企業は、政府が何もしなければ操業を続けるでしょうから、政府が操業を停止させるべきでしょう。国民経済全体として、利益より損失の方が大きいからです。

 

もっとも、公害企業をすべて操業停止にする必要はありません。当該企業が毎年500万円の利益を稼いでいるなら、たとえば政府が200万円の罰金をとり、同額を被害者に支払うことで、お互いに「操業を止めなくてよかった」と思えるからです。

 

公害企業は周囲に迷惑をかけているので「外部不経済」と呼ばれますが、反対に周囲に恩恵を与える場合は「外部経済」と呼ばれます。たとえば鉄道の線路を敷設すると、駅周辺の土地が値上がりして土地所有者に10億円のメリットがあるとします。しかし、鉄道会社が計画を精査すると、1億円の赤字の見通しだとします。このまま計画が中止されてしまうのは勿体ないですね。

 

政府としては、2億円の補助金を鉄道会社に支払って線路を敷設してもらう一方で、周辺住民から2億円の税金をとる、といった事ができれば良いですね。税金としては、固定資産税としてとったり、駅周辺で商売をする事に伴う利益の一部を法人税としてとったり、時間をかけて2億円の税収になれば良いわけです。

 

外部不経済、外部経済などに限りません。独占禁止法なども必要ですね。独占企業が莫大な利益を得る一方で、庶民が困窮していては問題ですから。ちなみに、以前、人々がガメツイから経済がうまくまわる、というアダムスミスの話を紹介した際、「江戸時代の強欲商人のおかげで人々が飢え死にせずに済んだ」と記しましたが、今なら食糧難になっても食料を輸入すれば済みますから、今の世の中には独占企業は原則として不要なのです。

 

■貧富の格差の是正については、どの程度必要か、議論あり

貧富の格差の是正については、どの程度必要か、人によって様々な意見があり、国によっても大きな違いがあります。問題なのは、各国内で真剣に議論されて今の格差状態があるというよりは、何となく今の状態になっている、という国も多そうな事ですが。

 

貧富の格差を是正する手段として通常用いられるのは、累進課税と生活保護です。高額所得者からは高い税率で所得税を取りますから、所得が2倍になると払う税金が3倍にも4倍にもなる、といったイメージですね。一方で、貧しい人には生活保護で「健康で文化的な最低限度の生活」が営めるようにしているのです。

 

筆者の私見としては、相続税のように勤労意欲を損なわない税で貧富の格差を是正すべきだと思っていますが、あまり相続税率を高くすると、富裕層が海外に移住してしまう、という事もあるようですね。

 

ちなみに、累進課税と生活保護、失業手当などは、制度の目的とは別に、次に記す経済の安定化にも資する、一石二鳥の制度です。好況時には人々の所得が増えるので所得税が大幅に増えて景気の過熱を防ぎ、不況時には生活保護や失業手当の受給者が増えるので景気の底割れを防ぐ効果があるのです。

 

これを景気のビルトイン・スタビライザー(組み込まれた自動安定化装置)と呼びます。政府が景気の過熱や失速に気づいて対策を採る前に景気対策が出来る、という優れた制度なのですね。

 

■経済の安定化も、政府の重要な仕事

経済の安定化というと、景気の過熱、不況などを防ぎ、あるいは起きてしまったあとで正常化させる、という事が基本です。景気の過熱時は政府は公共投資を減らしますし、不況時は公共投資を増やしたり減税をしたりします。これを「財政政策」と呼びます。

 

経済の安定化を論じる場合には、政府の財政生さうと併せて中央銀行(日本では日銀)による「金融政策」についても考えるのが普通です。金融政策には、金融引き締め(景気過熱によるインフレを防ぐ)と金融緩和(景気を回復させる)があります。

 

政府と日銀の関係については、次回記すことにします。景気の調節については、第5章で「景気のはなし」を記す予定ですので、そちらで詳しく記します。

 

それ以外の経済の安定としては、たとえば金融機関の大型倒産により経済が麻痺してしまうような事態を避ける、といった事が挙げられます。「金融は経済の血液」と言われています。金の流れが止まると、経済活動が止まってしまう、という意味です。大手銀行が相次いで倒産したりすると、そうした事態になりかねないのです。

 

そこで政府は、日頃から銀行の経営内容を検査する等により、銀行が健全である事を確認し、健全でない銀行があれば、早期に是正させるように務めています。

 

また、「預金保険制度」を設けて、銀行が取り付け騒ぎに遭わないように守っています。「銀行が倒産しても庶民の預金は政府が責任を持って払い戻すから、銀行倒産の噂を聞いても預金を引き出しに来ないように」と預金者に呼びかけているわけです。

 

それでも銀行が取り付け騒ぎに遭った場合には、日銀が現金輸送車で救済に駆けつける「最後の貸し手機能」も用意されています。

 

 

今回は、以上です。なお、本稿は厳密性よりもわかりやすさを優先していますので、細部が不正確な場合があります。事情ご賢察いただければ幸いです。

 

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